の溜りの中央が、丁度《ちょうど》被害者の背中でこすり取られたらしく、白っぽいコンクリートの床を見せて、溜りを左右二つに割っている。
『誰がこぼしたんです?』
『水夫です。五日前の朝から昨晩まで修繕の為《た》めに入渠《にゅうきょ》していた帝国郵船の貨物船《カーゴ・ボート》で、天祥丸《てんしょうまる》と言う船のセーラーです。推進機《スクリュー》の油差しに出掛けて誤ってこぼしたらしいです。』
『ああそうですか――』
 こう言って喬介は、何か失望したらしく首をうなだれて欝《ふさ》ぎ込んで了《しま》ったが、軈《やが》て何思ったか元気で顔を挙《あ》げると、
『その天祥丸と言う汽船《ふね》は、何処《どこ》からやって来たんです?』
『神戸|出帆《しゅっぱん》です。』技師が答えた。
『神戸――? で、寄港地は?』
『四日市だけです。』
『エッ! 四日市? そうだ。』
 喬介は思わず叫び声を挙げると、何《な》にか思い出した様にポケットの中へ手を突込《つきこ》んで、先程の広告マッチを取り出し、ハンカチで穢《よご》れを拭《ぬぐ》って一寸《ちょっと》の間《ま》レッテルに見入っていたが、間もなく元気で話を続けた。
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