を捕《とら》えて切り出した。
『少しお訊《たず》ねしますがね。この造船所の構内で、茲《ここ》一両日の間に、誰《だ》れか誤って機械油をぶちまけて了《しま》った、と言う様な事はなかったでしょうか? ほんの一寸《ちょっと》した事でいいんですが――』
 喬介の突拍子もない細かな質問を受けて、若い技師はいささか面喰《めんくら》った様子を見せたが、間もなく私達の眼の前の船渠《ドック》を指差しながら口を切った。
『その二号|船渠《ドック》で、昨日油差しを引っくりかえした様でした。何《な》んでしたら御案内しましょう。』
 技師はそう言って、私達を連れて歩き出した。間もなく私達は、その大きな空の乾船渠《ドライ・ドック》の底へ梯子伝いに降り立った。技師は、海水を堰塞《えんそく》している船渠《ドック》門の扉船《とせん》から五六|間《けん》隔《へだた》った位置にやって来ると、コンクリートの渠底《きょてい》の一部を指差しながら私達を振り返った。
『こ奴《いつ》なんですがね。――』
 成る程|其処《そこ》には、三尺四方|位《くら》いの機械油の溜《たま》りが、一度水に浸されたらしく半《なか》ばぼやけて残っている。そ
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