「関東煮」としてあるだけで、充分に東京の料理店のマッチでない事は判《わか》る筈《はず》だ。――』
『いや、もういい。よく判ったよ。』
 私は喬介の推理に、多少の嫉《ねた》ましさを感じて口を入れた。喬介は、先程のジャックナイフをハンカチに包んで広告マッチと一緒にポケットへ仕舞い込みながら、私の肩に手を置いた。
『じゃあ君。これから一つ機械油の――あの被害者の背中に引ッこすッた様に着いていたどろりとした黒い油のこぼれている処《ところ》を探そう。』
 そこで私は、喬介に従って大きな鉄工場の建物の中へ這入《はい》った。
 回転する鉄棒、ベルト、歯車、野獣の様な叫喚《きょうかん》を挙《あ》げる旋盤機や巨大なマグネットの間を、一人の労働者に案内されながら私達は油のこぼれた場所を探し廻った。が、喬介の推理を受入れて呉《く》れる様な場所は見当らない。で、がっかりした私達は、工場を出て、今度は、二つの乾船渠《ドライ・ドック》の間の起重機《クレーン》の林の中へやって来た。其処《そこ》で、大きな鳥打帽《ハンチング》を冠《かぶ》った背広服に仕事着の技師らしい男に行逢《ゆきあ》うと、喬介は早速《さっそく》その男
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