「若僧震え上《あが》って了《しま》った」とか「今夜は久し振りに飲める」とか言う二人の間の密やかな会話を覚えているだろう? あの会話は、あの晩二人の間に「若僧」と呼ばれた一人の第三者が関係していた事を意味する。勿論、その第三者と言う男は、二人よりも年若《としわか》であったろうし、そして又――』
 喬介は茲《ここ》で語《ことば》を切ると、腰を屈めて何か鉄屑の間から拾いあげた。よく見ると鉄屑の油で穢れてはいるが、まだ新しい中味の豊富な広告マッチだ。レッテルの図案の中に「小料理・関東煮」としてある。喬介は微笑しながら再び語を続けた。
『そして又その男と言うのはだね。恐らく此の頃|何処《どこ》か、多分西の方へでも旅行した事のある男だ。どうしてって、ほら君の見る通りこのナイフの側に落ちていた広告マッチのレッテルには「小料理・関東煮」としてある。関東煮とは、吾々《われわれ》東京人の所謂《いわゆる》おでん[#「おでん」に傍点]の事だよ。地方へ行《ゆ》くとおでん[#「おでん」に傍点]の事を好《よ》く関東煮と呼ぶ。殊に関西では、僕自身|度々《たびたび》聞いた名称だよ。従って、このマッチは、レッテルの文案に
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