って、ただこうぶらぶらと白いペンキを塗った手車を曳いて歩き廻った、と云うだけで、誰れも証人はないんです。ところが、一方坂本家を調べてみると、勝手口の戸の引手についてる筈の指紋は、あとから帰って来た女中や細君の指紋で消されているが、板の間の土足のあとが、恰度その洗濯屋のはいていた白靴のあとと大体一致するんです。そしてまた、その洗濯屋の店へ刑事連が踏込んで調べてみると、山田なんとかってその配達人のバスケットの中から二百何円って大金が出て来たんです……もっとも当人は、将来自分が一本立をするためにふだんから始末して貯えた金だと云い張ったんですが……ま、そんなわけで否応なしに送局となり、予審も済ましていよいよ公判ってことになったんです。ところが事件そのものは大したものではないんですが、検事側にも被告側にも、しっかりした証拠がないもんですから、いざ公判となると、よくあるやつでわりに手間がかかりましてね……それに、気の毒なことには、その洗濯屋はなんでも四国の生れとかで、小さな時から一人も身寄りってものがないんです。店の親方も、そんなことで警察へ引っぱられてからは、まるでつッぱなしてしまうし、被告のために有利な証言をしてくれるのは、官選の弁護士一人きりなんです。ところが、この官選弁護士ってのが、そう云っちゃアなんですが、ひどく事務的でしてね、どうも、洗濯屋の立場が危《あぶな》っかしくなって来たんです。
ところが……ところがこの、身寄りもない貧弱な書生ッぽの被告に、突然救いの神が、それも素晴らしい別嬪《べっぴん》の救いの神が出て来たんですよ……
あれは、第二回の公判でした……証拠調べの始まる前に、弁護士から突然証人の申請が出たんです。と云っても、むろんこれは被告から頼んだでもなく弁護士から頼んだでもなくまったくアカの他人が進んで証人の役を買って出たんですから、裁判長は、検事さんと合議の結果、すぐにその証人を採用したんです。
そこで証人の出頭と云うことになったんですが、その別嬪の証人と云うのは、葭町《よしちょう》の「つぼ半」という待合の女将《おかみ》で、名前は福田きぬ、年は三十そこそこの、どう見たって玄人《くろうと》あがりのシャンとした中年増なんです……
ところで、いよいよ証人の宣誓も済まして、証言にはいったんですが、それがまた実にハッキリしてるんです。で、福田きぬってその別嬪
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