あやつり裁判
大阪圭吉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)罪人《ざいにん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)離婚|談《ばなし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)やに[#「やに」に傍点]
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 いったい裁判所なんてとこは、いってみりゃア世の中の裏ッ側みたいなとこでしてね……いろんな罪人《ざいにん》ばっかり、落ちあつまる……そんなとこで、二十年も廷丁《こづかい》なんぞ勤めていりゃア、さだめし面白い話ばかり、見聞きしてるだろうとお思いでしょうが、ところが、二十年も勤めてると云うのが、こいつが却ってよくないんでしてね、そりゃアむろん面白い事件がなかったわけじゃア決してないんですが……なンて云いますかな? メンエキとでも云いますか……そうそう、不感症にかかっちまうんですよ。……だからいまでは、もう死刑の宣告を受けたトタンに弁護士の鞄やら椅子やら、なんでもかんでも手あたり次第に裁判長めがけてぶッつけるような血の気の多い囚人でも、それから……こいつは最初のうち少なからず困ったんですが……ちっとも暴れずに、ただこう、ローソクみたいにもたれかかって来るような囚人でも、いまではなンの感興も覚えずに、まるで材木でも運ぶような塩梅《あんばい》に、市ヶ谷行きの囚人自動車《くるま》に積み込む――とまア、そんな工合になっちまってるんです……こうなるとなんですな、むしろ盗《と》ったの殺したのとやに[#「やに」に傍点]ヤボ臭い刑事事件なんぞよりも、いっそ民事の、なにか離婚|談《ばなし》かなんかのほうが、こうしんみりして、面白い位いですよ……
 いや――ところが、これからお話ししようと云うのは、決してそんなんじゃアないんで、……むろん刑事事件なんですがね……それがその、なンて云いますか、ひどく一風変ったやつでしてね、さすがにメンエキの、不感症のこの私でさえも、いまだに忘れかねると云うくらいの、トテツもない事件《やつ》なんですよ……
 いちばん最初の事件は……なんでも、芝神明《しばしんめい》の生姜市《しょうがいち》の頃でしたから、九月の彼岸《ひがん》前でしたかな……刑事部の二号法廷で、ちょっとした窃盗事件の公判がはじまったんです。
 ……被告人は、神田のある洗濯屋に使われている、若い配達夫でして、名前は、山田……なんとか
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