もわけ[#「わけ」に傍点]もいまだにみつからないってことになったんですから、菱沼さんが気狂いみたいになったのもムリないです。いやそうなると益々菱沼さんにはその三つの証言を偶然だなんて思えなくなって来て、それどころか「つぼ半」の女将ってのがトテツもなく恐ろしい女に思われて来て、自分だけがチョイチョイ出しゃばってえて[#「えて」に傍点]勝手な証言をするだけではなく、ひょっとすると、その合間合間のいろんな事件にも手下でも使って、面白半分四方八方メチャクチャの証言でもさしてるんではないか、いや、又そうなるとだいたい裁判所へ出て来る証人なんてものは殆んど全部がこの「つぼ半」の女将と同じデンではあるまいか、なぞと――もっともこれは平常《ふだん》でもチョイチョイ起る菱沼さんの変テコな頭の病気なんだそうですが……ま、とにかくそんなわけで、すっかり先生、途方に暮れちまったんですよ。
 そうして、いよいよ公判期日の前日になっても、その関係やわけ[#「わけ」に傍点]がみつからないと、とうとう菱沼さんは、思い余って、なんでも知人の青山《あおやま》とかいう人に、事情を詳しく打明けて、相談を持ちかけたんです。
 いや、ところが……この青山さんは、なんでも学問もやれば探偵もやるって云う、どえらい人でして、菱沼さんの頼んで行ったことを、二つ返事で引受けちまったってんですから、どうです大したもんでしょう……

 これからいよいよ本舞台にはいって、その青山さんって方《かた》の登場になるんですが……いや、まったく、この人の頭のよさにはホトホト吃驚《びっくり》しちまいましたよ。なんしろ、菱沼さんが、あれだけ脳味噌を絞っても解決出来なかった問題を、バタバタッと片附けてしまわれたんですからね。
 さて、いよいよ次回の公判が、やって来たんです。むろんこの公判では証拠調べもむし返されるんですから、「つぼ半」の女将も出廷しました……それで、まず青山さんは、あらかじめ菱沼さんへ、「どんな成行になっても構わないから、とにかく判決だけは少しでも遅らすようにネバってくれ」と頼んでおいて、御自身は傍聴人のようなふりをして傍聴席へおさまるとそこから一応裁判を監視? というと変ですが、ま、すまし込んで見物されたんです。……その前方《まえ》の弁護士席では、被告や女将なぞと並んで菱沼さんが、わけは判らぬながらもそれでも一生懸命に、裁
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