に。
法苑林《ほうおんりん》の奥深く
素足の「愛」の玉容《ぎよくよう》に
なれは、ゐよりて、睦《むつ》みつゝ、
霊華《りようげ》の房《ふさ》を摘みあひて、
うけつ、あたへつ、とりかはし
双《そう》の額《ひたひ》をこもごもに、
飾るや、一《いつ》の花の冠《かんむり》。
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ホセ・マリヤ・デ・エレディヤは金工の如くアンリ・ドゥ・レニエは織人の如し。また、譬喩《ひゆ》を珠玉に求めむか、彼には青玉黄玉の光輝あり、これには乳光柔き蛋白石《たんぱくせき》の影を浮べ、色に曇るを見る可し。[#地から1字上げ]訳者
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   延びあくびせよ フランシス・ヴィエレ・グリフィン

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延《の》びあくびせよ、傍《かたはら》に「命」は倦《う》みぬ、
――朝明《あさけ》より夕をかけて熟睡《うまい》する
  その臈《ろう》たげさ労《つか》らしさ、
  ねむり眼《め》のうまし「命」や。
起きいでよ、呼ばはりて、過ぎ行く夢は
大影《おほかげ》の奥にかくれつ。
今にして躊躇《ためらひ》なさば、
ゆく末に何の導《しるべ》ぞ。
呼ばはりて過ぎ行く夢は
去りぬ神秘《くしび》に。

いでたちの旅路の糧《かて》を手握《たにぎ》りて、
歩《あゆみ》もいとゞ速《はや》まさる
愛の一念ましぐらに、
急げ、とく行け、
呼ばはりて、過ぎ行く夢は、
夢は、また帰り来《こ》なくに、

進めよ、走《は》せよ、物陰に、
畏《おそれ》をなすか、深淵《しんえん》に、
あな、急げ……あゝ遅れたり。
はしけやし「命」は愛に熟睡《うまい》して、
栲綱《たくづぬ》の白腕《しろただむき》になれを巻く。
――噫《ああ》遅れたり、呼ばはりて過ぎ行く夢の
いましめもあだなりけりな。
ゆきずりに、夢は嘲る……

さるからに、
むしろ「命」に口触れて
これに生《う》ませよ、芸術を。
無言《むごん》を祷《いの》るかの夢の
教をきかで、無辺《むへん》なる神に憧《あこが》るゝ事なくば、
たちかへり、色よき「命」かき抱き、
なれが刹那を長久《とは》にせよ。
死の憂愁に歓楽に
霊妙音《れいみようおん》を生ませなば、
なが亡《な》き後《あと》に残りゐて、
はた、さゞめかむ、はた、なかむ、
うれしの森に、春風や
若緑、
去年《こぞ》を繰返《あこぎ》の愛のまねぎに。
さればぞ歌へ微笑《ほほゑみ》の栄《はえ》の光に。
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   伴奏      アルベエル・サマン

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 白銀《しろがね》の筐柳《はこやなぎ》、菩提樹《ぼだいず》や、榛《はん》の樹《き》や……
 水《みづ》の面《おも》に月の落葉《おちば》よ……

夕《ゆふべ》の風に櫛《くし》けづる丈長髪《たけなががみ》の匂ふごと、
夏の夜《よ》の薫《かをり》なつかし、かげ黒き湖《みづうみ》の上、
水|薫《かを》る淡海《あはうみ》ひらけ鏡なす波のかゞやき。

楫《かぢ》の音《と》もうつらうつらに
夢をゆくわが船のあし。

船のあし、空をもゆくか、
かたちなき水にうかびて

ならべたるふたつの櫂《かい》は
「徒然《つれづれ》」の櫂「無言《しじま》」がい。

水の面《おも》の月影なして
波の上《うへ》の楫の音《と》なして
わが胸に吐息《といき》ちらばふ。
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   賦《かぞへうた》       ジァン・モレアス

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色に賞《め》でにし紅薔薇《こうそうび》、日にけに花は散りはてゝ、
唐棣花色《はねずいろ》よき若立《わかだち》も、季《とき》ことごとくしめあへず、
そよそよ風の手枕《たまくら》に、はや日数経《ひかずへ》しけふの日や、
つれなき北の木枯に、河氷るべきながめかな。

噫《ああ》、歓楽よ、今さらに、なじかは、せめて争はむ、
知らずや、かゝる雄誥《をたけび》の、世に類《たぐひ》無く烏滸《をこ》なるを、
ゆゑだもなくて、徒《いたづら》に痴《し》れたる思、去りもあへず、
「悲哀」の琴《きん》の糸の緒《を》を、ゆし按《あん》ずるぞ無益《むやく》なる。

     *

ゆめ、な語りそ、人の世は悦《よろこび》おほき宴《うたげ》ぞと。
そは愚かしきあだ心、はたや卑しき癡《し》れごこち。
ことに歎くな、現世《うつしよ》を涯《かぎり》も知らぬ苦界《くがい》よと。
益《よう》無き勇《ゆう》の逸気《はやりぎ》は、たゞいち早く悔いぬらむ。

春日《はるひ》霞みて、葦蘆《よしあし》のさゞめくが如《ごと》、笑みわたれ。
磯浜《いそはま》かけて風騒ぎ波おとなふがごと、泣けよ。
一切の快楽《けらく》を尽し、一切の苦患《くげん》に堪へて、
豊《とよ》の世《よ》と称《たた》ふるもよし、夢の世と観《かん》ずるもよし。

     *

死者のみ、ひとり吾に聴く、奥津城《おくつき》処《どころ》、わが栖家《すみか》。
世の終《をふ》るまで、吾はしも己が心のあだがたき。
亡恩に栄華は尽きむ、里鴉《さとがらす》畠《はた》をあらさむ、
収穫時《とりいれどき》の頼《たのみ》なきも、吾はいそしみて種を播《ま》かむ。

ゆめ、自《みづか》らは悲まじ。世の木枯もなにかあらむ。
あはれ侮蔑《ぶべつ》や、誹謗《ひぼう》をや、大凶事《おほまがごと》の迫害《せまり》をや。
たゞ、詩の神の箜篌《くご》の上、指をふるれば、わが楽《がく》の
日毎に清く澄みわたり、霊妙音《れいみようおん》の鳴るが楽しさ。

     *

長雨空の喪《はて》過ぎて、さすや忽ち薄日影、
冠《かむり》の花葉《はなば》ふりおとす栗の林の枝の上に、
水のおもてに、遅花《おそばな》の花壇の上に、わが眼にも、
照り添ふ匂なつかしき秋の日脚《ひあし》の白みたる。

日よ何の意ぞ、夏花《なつはな》のこぼれて散るも惜からじ、
はた禁《とど》めえじ、落葉《らくよう》の風のまにまに吹き交《か》ふも。
水や曇れ、空も鈍《に》びよ、たゞ悲のわれに在らば、
想《おもひ》はこれに養はれ、心はために勇《ゆう》をえむ。

     *

われは夢む、滄海《そうかい》の天《そら》の色、哀《あはれ》深き入日の影を、
わだつみの灘《なだ》は荒れて、風を痛み、甚振《いたぶ》る波を、
また思ふ釣船の海人《あま》の子を、巌穴《いはあな》に隠《かぐ》ろふ蟹《かに》を、
青眼《せいがん》のネアイラを、グラウコス、プロオティウスを。

又思ふ、路の辺《べ》をあさりゆく物乞《ものごひ》の漂浪人《さすらひびと》を、
栖《す》み慣れし軒端がもとに、休《いこ》ひゐる賤《しづ》が翁《おきな》を
斧《おの》の柄《え》を手握《たにぎ》りもちて、肩かゞむ杣《そま》の工《たくみ》を、
げに思ひいづ、鳴神《なるかみ》の都の騒擾《さやぎ》、村肝《むらぎも》の心の痍《きず》を。

     *

この一切の無益《むやく》なる世の煩累《わづらひ》を振りすてゝ、
もの恐ろしく汚れたる都の憂あとにして、
終《つひ》に分け入る森蔭の清《すず》しき宿《やどり》求めえなば、
光も澄める湖の静けき岸にわれは悟らむ。

否《あらず》、寧《むしろ》われはおほわだの波うちぎはに夢みむ。
幼年の日を養ひし大揺籃《だいようらん》のわだつみよ、
ほだしも波の鴎鳥《かもめどり》、呼びかふ声を耳にして、
磯根に近き岩枕《いはまくら》汚れし眼《まなこ》、洗はばや。

     *

噫《ああ》いち早く襲ひ来る冬の日、なにか恐るべき。
春の卯月《うづき》の贈物、われはや、既に尽し果て、
秋のみのりのえびかづら葡萄《ぶどう》も摘まず、新麦《にひむぎ》の
豊《とよ》の足穂《たりほ》も、他《あだ》し人《びと》、刈《か》り干しにけむ、いつの間《ま》に。

     *

けふは照日《てるひ》の映々《はえばえ》と青葉|高麦《たかむぎ》生ひ茂る
大野が上に空高く靡《な》びかひ浮ぶ旗雲《はたぐも》よ。
和《な》ぎたる海を白帆あげて、朱《あけ》の曾保船《そほふね》走るごと、
変化《へんげ》乏しき青天《あをぞら》をすべりゆくなる白雲よ。

時ならずして、汝《なれ》も亦近づく暴風《あれ》の先駆《さきがけ》と、
みだれ姿の影黒み蹙《しか》める空を翔《かけ》りゆかむ、
嗚咽《ああ》、大空の馳使《はせづかひ》、添はゞや、なれにわが心、
心は汝《なれ》に通へども、世の人たえて汲む者もなし。
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   嗟嘆《といき》      ステファンヌ・マラルメ

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静かなるわが妹《いもと》、君見れば、想《おもひ》すゞろぐ。
朽葉色《くちばいろ》に晩秋《おそあき》の夢深き君が額《ひたひ》に、
天人《てんにん》の瞳《ひとみ》なす空色の君がまなこに、
憧るゝわが胸は、苔古《こけふ》りし花苑《はなぞの》の奥、
淡白《あはじろ》き吹上《ふきあげ》の水のごと、空へ走りぬ。

その空は時雨月《しぐれづき》、清らなる色に曇りて、
時節《をりふし》のきはみなき鬱憂は池に映《うつ》ろひ
落葉《らくよう》の薄黄《うすぎ》なる憂悶《わづらひ》を風の散らせば、
いざよひの池水に、いと冷《ひ》やき綾《あや》は乱れて、
ながながし梔子《くちなし》の光さす入日たゆたふ。
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物象を静観して、これが喚起したる幻想の裡《うち》自から心象の飛揚する時は「歌」成る。さきの「高踏派」の詩人は、物の全般を採りてこれを示したり。かるが故に、その詩、幽妙を虧《か》き、人をして宛然《さながら》自から創作する如き享楽無からしむ。それ物象を明示するは詩興四分の三を没却するものなり。読詩の妙は漸々遅々たる推度の裡に存す。暗示は即《すなは》ちこれ幻想に非《あ》らずや。這般《しやはん》幽玄の運用を象徴と名づく。一の心状を示さむが為、徐《おもむろ》に物象を喚起し、或はこれと逆《さかし》まに、一の物象を採りて、闡明《せんめい》数番の後、これより一の心状を脱離せしむる事これなり。
[#地から1字上げ]ステファンヌ・マラルメ
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   白楊《はくよう》      テオドル・オオバネル

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落日の光にもゆる
白楊《はくよう》の聳《そび》やぐ並木、
谷隈《たにくま》になにか見る、
風そよぐ梢より。
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   故国      テオドル・オオバネル

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小鳥でさへも巣は恋し、
まして青空、わが国よ、
うまれの里の波羅葦増雲《パライソウ》。
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   海のあなたの   テオドル・オオバネル

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海のあなたの遙けき国へ
いつも夢路の波枕、
波の枕のなくなくぞ、
こがれ憧れわたるかな、
海のあなたの遙けき国へ。
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オオバネルは、ミストラル、ルウマニユ等と相結で、十九世紀の前半に近代プロヴァンス語を文芸に用ゐ、南欧の地を風靡《ふうび》したるフェリイブル詩社の翹楚《ぎようそ》なり。
「故国」の訳に波羅葦増雲《パライソウ》とあるは、文禄慶長年間、葡萄牙《ポルトガル》語より転じて一時、わが日本語化したる基督教法に所謂《いはゆる》天国の意なり。[#地から1字上げ]訳者
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   解悟《かいご》      アルトゥロ・グラアフ

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頼み入りし空《あだ》なる幸《さち》の一つだにも、忠心《まごころ》ありて、
   とまれるはなし。
そをもふと、胸はふたぎぬ、悲にならはぬ胸も
   にがき憂《うれひ》に。
きしかたの犯《をかし》の罪の一つだにも、懲《こらし》の責《せめ》を
   のがれしはなし。
そをもふと、胸はひらけぬ、荒屋《あばらや》のあはれの胸も
   高き望に。
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   篠懸《すずかけ》      ガブリエレ・ダンヌンチオ

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白波《しらなみ》の、潮騒《しほざゐ》のおきつ貝なす
青緑《あをみどり》しげれる谿《たに》を
まさかりの真昼ぞ知《しろ》す。
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