び》に。

いでたちの旅路の糧《かて》を手握《たにぎ》りて、
歩《あゆみ》もいとゞ速《はや》まさる
愛の一念ましぐらに、
急げ、とく行け、
呼ばはりて、過ぎ行く夢は、
夢は、また帰り来《こ》なくに、

進めよ、走《は》せよ、物陰に、
畏《おそれ》をなすか、深淵《しんえん》に、
あな、急げ……あゝ遅れたり。
はしけやし「命」は愛に熟睡《うまい》して、
栲綱《たくづぬ》の白腕《しろただむき》になれを巻く。
――噫《ああ》遅れたり、呼ばはりて過ぎ行く夢の
いましめもあだなりけりな。
ゆきずりに、夢は嘲る……

さるからに、
むしろ「命」に口触れて
これに生《う》ませよ、芸術を。
無言《むごん》を祷《いの》るかの夢の
教をきかで、無辺《むへん》なる神に憧《あこが》るゝ事なくば、
たちかへり、色よき「命」かき抱き、
なれが刹那を長久《とは》にせよ。
死の憂愁に歓楽に
霊妙音《れいみようおん》を生ませなば、
なが亡《な》き後《あと》に残りゐて、
はた、さゞめかむ、はた、なかむ、
うれしの森に、春風や
若緑、
去年《こぞ》を繰返《あこぎ》の愛のまねぎに。
さればぞ歌へ微笑《ほほゑみ》の栄《はえ》の光
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