し、とく去《い》ねよ、

さて、また次のなれが面《おも》、
みれば麗容《れいよう》うつろひて、
悲《かなしみ》、削《そ》ぎしやつれがほ、
指組み絞り胸隠す
双《そう》の手振《てぶり》の怪しきは、
饐《す》ゑたる血にぞ、怨恨《えんこん》の
毒ながすなるくち蝮《ばみ》を
掩《おほ》はむためのすさびかな。

また「驕慢」に音《おと》づれし
なが獲物をと、うらどふに、
えび染《ぞめ》のきぬは、やれさけ、
笏《しやく》の牙《げ》も、ゆがみたわめり。
又、なにものぞ、ほてりたる
もろ手ひろげて「楽欲《ぎようよく》」に
らうがはしくも走りしは。
酔狂の抱擁酷《だきしめむご》く
唇を噛み破られて、
満面に爪《つま》あとたちぬ。
興《きよう》ざめたりな、このくるひ、
われを棄《す》つるか、わが「想」
あはれ、耻《はづ》かし、このみざま、
なれみづからをいかにする。

しかはあれども、そがなかに、
行《おこなひ》清きたゞひとり、
きぬもけがれと、はだか身に、
出でゆきしより、けふまでも、
あだし「想」の姉妹《おとどひ》と
道異《みちこと》なるか、かへり来《こ》ぬ
――あゝ行《ゆ》かばやな――汝《な》がもと
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