思へば。

高樫《たかがし》の路われはゆかじな、
秦皮《とねりこ》や、赤楊《はんのき》の路《みち》、
日のかたや、都のかたや、水のかた、
なべてゆかじな。
噫《ああ》、小路《こみち》、
血やにじむわが足のおと、
死したりと思ひしそれも、
あはれなり、もどり来たるか、
地響《じひびき》のわれにさきだつ。
噫、小路、
安逸の、醜辱《しゆうじよく》の、驕慢の森の小路よ、
あだなりしわが世の友か、吹風《ふくかぜ》は、
高樫《たかがし》の木下蔭《このしたかげ》に
声はさやさや、
涙《なみだ》さめざめ。

あな、あはれ、きのふゆゑ、夕暮悲し、
あな、あはれ、あすゆゑに、夕暮苦し、
あな、あはれ、身のゆゑに、夕暮重し。
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   愛の教     アンリ・ドゥ・レニエ

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いづれは「夜《よる》」に入る人の
をさな心も青春も、
今はた過ぎしけふの日や、
従容《しようよう》として、ひとりきく、
「冬篳篥《ふゆひちりき》」にさきだちて、
「秋」に響かふ「夏笛」を。
(現世《げんぜ》にしては、ひとつなり、
物のあはれも、さいはひも。)
あゝ、聞け、
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