の光陰《ひかりかぐ》ろひてゆく蕭《しめ》やかさ。
文目《あやめ》もおぼろ、蕭やかに、噫《ああ》、蕭やかに、つくねんと、
沈黙《しじま》の郷《さと》の偶座《むかひゐ》は一つの香《こう》にふた色の
匂交《にほひまじ》れる思にて、心は一つ、えこそ語らね。
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   銘文《しるしぶみ》      アンリ・ドゥ・レニエ

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夕まぐれ、森の小路《こみち》の四辻《よつつじ》に
夕まぐれ、風のもなかの逍遙《しようよう》に、
竈《かまど》の灰や、歳月《さいげつ》に倦《う》み労《つか》れ来て、
定業《じようごう》のわが行末もしらま弓、
杖と佇《たたず》む。

路《みち》のゆくてに「日」は多し、
今更ながら、行きてむか。
ゆふべゆふべの旅枕、
水こえ、山こえ、夢こえて、
つひのやどりはいづかたぞ。
そは玄妙の、静寧《せいねい》の「死」の大神《おほかみ》が、
わがまなこ、閉ぢ給ふ国、
黄金《おうごん》の、浦安の妙《たへ》なる封《ふう》に。

高樫《たかがし》の寂寥《せきりよう》の森の小路よ。
岩角に懈怠《けたい》よろぼひ、
きり石に足弱《あしよわ》
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