死の如く、
朧々《おぼろおぼろ》の物影のやをら浸み入り広ごるに、
まづ天井の薄明《うすあかり》、光は消えて日も暮れぬ。

物静かなる死の如く、微笑《ほほゑみ》作るかはたれに、
曇れる鏡よく見れば、別《わかれ》の手振《てぶり》うれたくも
わが俤《おもかげ》は蕭《しめ》やかに辷《すべ》り失《う》せなむ気色《けはひ》にて、
影薄れゆき、色蒼《いろあを》み、絶えなむとして消《け》つべきか。

壁に掲《か》けたる油画《あぶらゑ》に、あるは朧《おぼろ》に色|褪《さ》めし、
框《わく》をはめたる追憶《おもひで》の、そこはかとなく留まれる
人の記憶の図《づ》の上に心の国の山水《さんすい》や、
筆にゑがける風景の黒き雪かと降り積る。

夕暮がたの蕭《しめ》やかさ。あまりに物のねびたれば、
沈める音《おと》の絃《いと》の器《き》に、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]《かせ》をかけたる思にて、
無言《むごん》を辿《たど》る恋《こひ》なかの深き二人《ふたり》の眼差《まなざし》も、
花|毛氈《もうせん》の唐草《からくさ》に絡《から》みて縒《よ》るゝ夢心地《ゆめごこち》。

いと徐《おもむ》ろに日
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