鑢《やすり》の音《ね》もかすれ、言葉悲しき木《き》の函《はこ》よ、
細身《ほそみ》の秒の指のおと、片言《かたこと》まじりおぼつかな、
これや時鐘《とけい》の針の声。
角《かく》なる函《はこ》は樫《かし》づくり、焦茶《こげちや》の色の框《わく》はめて、
冷たき壁に封じたる棺《ひつぎ》のなかに隠れすむ
「時」の老骨《ろうこつ》、きしきしと、数噛《かずか》む音《おと》の歯《は》ぎしりや、
これぞ時鐘《とけい》の恐ろしさ。
げに時鐘《とけい》こそ不思議なれ。
あるは、木履《きぐつ》を曳《ひ》き悩み、あるは徒跣《はだし》に音《ね》を窃《ぬす》み、
忠々《まめまめ》しくも、いそしみて、古く仕ふるはした女《め》か。
柱時鐘《はしらどけい》を見詰《みつ》むれば、針《はり》のコムパス、身《み》の搾木《しめぎ》。
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
黄昏《たそがれ》 ジォルジュ・ロオデンバッハ
[#ここから1字下げ]
夕暮がたの蕭《しめ》やかさ、燈火《あかり》無き室《ま》の蕭《しめ》やかさ。
かはたれ刻《どき》は蕭やかに、物静かなる
前へ
次へ
全82ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
上田 敏 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング