信教の自由を説きて、寛容の精神を述べたるもの、「聖十字架祭」の如きあり。殊《こと》に晩年に※[#「藩」の「番」に代えて「位」、第3水準1−91−13]《のぞ》みて、教法の形式、制限を脱却すること益《ますます》著るしく、全人類にわたれる博愛同情の精神|愈《いよいよ》盛なりしかど、一生の確信は終始|毫《ごう》も渝《かは》ること無かりき。人心の憧《あこ》がれ向ふ高大の理想は神の愛なりといふ中心思想を基として、幾多の傑作あり。「クレオン」には、芸術美に倦《う》みたる希臘《ギリシヤ》詩人の永生に対する熱望の悲音を聞くべく、「ソオル」には事業の永続に不老不死の影ばかりなるを喜ぶ事のはかなき夢なるを説きて、更に個人の不滅を断言す。「亜剌比亜《アラビア》の医師カアシッシュの不思議なる医術上の経験」といふ尺牘体《せきとくたい》には、基督教の原始に遡《さかのぼ》りて、意外の側面に信仰の光明を窺ひ、「砂漠の臨終」には神の権化を目撃せし聖|約翰《ヨハネ》の遺言を耳にし得べし。然れどもこれ等の信仰は、盲目なる狂熱の独断にあらず、皆冷静の理路を辿《たど》り、若しくは、精練、微を穿《うが》てる懐疑の坩堝《るつぼ》を
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