ろしめす、すべて世は事も無し」といふ句に綜合《そうごう》せられたれど、一生の述作皆人間終極の幸福を予言する点に於《おい》て一致し「アソランドオ」絶筆の結句に至るまで、彼は有神論、霊魂不滅説に信を失はざりき。この詩人の宗教は基督《キリスト》教を元としたる「愛」の信仰にして、尋常宗門の繩墨《じようぼく》を脱し、教外の諸法に対しては極めて宏量なる態度を持せり。神を信じ、その愛とその力とを信じ、これを信仰の基として、人間恩愛の神聖を認め、精進の理想を妄《もう》なりとせず、芸術科学の大法を疑はず、又人心に善悪の奮闘|争鬩《そうげき》あるを、却て進歩の動機なりと思惟《しい》せり。而《しか》してあらゆる宗教の教義には重《おもき》を措《お》かず、ただ基督の出現を以て説明すべからざる一の神秘となせるのみ。曰《いは》く、宗教にして、若《も》し、万世|不易《ふえき》の形を取り、万人の為め、予《あらかじ》め、劃然《かくぜん》として具《そな》へられたらむには、精神界の進歩は直に止りて、厭《いと》ふべき凝滞はやがて来《きた》らむ。人間の信仰は定かならぬこそをかしけれ、教法に完了といふ義ある可《べ》からずと。されば
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