|有名《なうて》の卑怯者、
銃執《じゆうと》りなほして発砲す。
老僧、色は蒼《あを》みしが、
沈勇の眼《まなこ》明らかに、
祈りつゞけぬ、
「父と子と」
続いて更に一発は、
狂気のさたか、血迷《ちまよひ》か、
とかくに業《ごう》は了《をは》りたり。
僧は隻腕《かたうで》、壇にもたれ、
明《あ》いたる手にて祝福し、
黄金盤《おうごんばん》も重たげに、
虚空《こくう》に恩赦《おんしや》の印《しるし》を切りて、
音声《おんじよう》こそは微《かすか》なれ、
闃《げき》たる堂上とほりよく、
瞑目《めいもく》のうち述ぶるやう、
「聖霊と。」
かくて仆《たふ》れぬ、礼拝《らいはい》の事了りて。
盤《ばん》は三度び、床上《しようじよう》に跳りぬ。
事に慣れたる老兵も、
胸に鬼胎《おそれ》をかき抱き
足に兵器を投げ棄てて
われとも知らず膝つきぬ、
醜行のまのあたり、
殉教僧のまのあたり。
聊爾《りようじ》なりや「アアメン」と
うしろに笑ふ、わが隊の鼓手。
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わすれなぐさ ウィルヘルム・アレント
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