闘の気はいや益《ま》しに、
勢猛《いきほひもう》に追ひ迫り、
黒衣長袍《こくいちようほう》ふち広き帽を狙撃《そげき》す。
狭き小路《こうじ》の行進に
とざま、かうざま顧みがち、
われ軍曹の任《にん》にしあれば、
精兵従へ推しゆく折りしも、
忽然《こつねん》として中天《なかぞら》赤く、
鉱炉《こうろ》の紅舌《こうぜつ》さながらに、
虐殺せらるゝ婦女の声、
遙かには轟々《ごうごう》の音《おと》とよもして、
歩毎に伏屍累々《ふくしるいるい》たり。
屈《こごん》でくゞる軒下を
出でくる時は銃剣の
鮮血|淋漓《りんり》たる兵が、
血紅《ちべに》に染みし指をもて、
壁に十字を書置くは、
敵|潜《ひそ》めるを示すなり。
鼓うたせず、足重く、
将校たちは色曇り、
さすが、手練《てだれ》の旧兵《ふるつはもの》も、
落居ぬけはひに、寄添ひて、
新兵もどきの胸さわぎ。

忽ち、とある曲角《きよくかく》に、
援兵と呼ぶ仏語の一声、
それ、戦友の危急ぞと、
駆けつけ見れば、きたなしや、
日常《ひごろ》は猛《た》けき勇士等も、
精舎《しようじや》の段の前面に
たゞ僧兵の二十人、
円頂《えんちよう》の黒鬼《こくき》
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