呈したらずや。未だ新声の美を味ひ功を収めざるに先《さきだ》ちて、早くその弊竇《へいとう》に戦慄《せんりつ》するものは誰ぞ。
 欧洲の評壇また今に保守の論を唱ふる者無きにあらず。仏蘭西のブリュンチエル等の如きこれなり。訳者は芸術に対する態度と趣味とに於て、この偏想家と頗《すこぶ》る説を異にしたれば、その云ふ処に一々首肯する能はざれど、仏蘭西詩壇一部の極端派を制馭《せいぎよ》する消極の評論としては、稍《やや》耳を傾く可《べ》きもの無しとせざるなり。而してヤスナヤ・ポリヤナの老伯が近代文明|呪詛《じゆそ》の声として、その一端をかの「芸術論」に露《あらは》したるに至りては、全く賛同の意を呈する能はざるなり。トルストイ伯の人格は訳者の欽仰措《きんぎようお》かざる者なりと雖《いへど》も、その人生観に就ては、根本に於て既に訳者と見を異にす。抑《そもそ》も伯が芸術論はかの世界観の一片に過ぎず。近代新声の評隲《ひようしつ》に就て、非常なる見解の相違ある素《もと》より怪む可きにあらず。日本の評家等が僅に「芸術論」の一部を抽読《ちゆうどく》して、象徴派の貶斥《へんせき》に一大声援を得たる如き心地あるは、毫《
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