神を求めぬ。かの伝奇の老大家は歴史の上に燦爛《さんらん》たる紫雲を曳《ひ》き、この憂愁の達人はその実体を闡明《せんめい》す。
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読者の眼頭に彷彿《ほうふつ》として展開するものは、豪壮悲惨なる北欧思想、明暢《めいちよう》清朗なる希臘《ギリシヤ》田野の夢、または銀光の朧々《ろうろう》たること、その聖十字架を思はしむる基督《キリスト》教法の冥想、特に印度《インド》大幻夢|涅槃《ねはん》の妙説なりけり。
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黒檀《こくたん》の森茂げきこの世の涯《はて》の老国より来て、彼は長久の座を吾等の傍《かたはら》に占めつ、教へて曰く『寂滅為楽』。
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幾度と無く繰返したる大智識の教話によりて、悲哀は分類結晶して、頗《すこぶ》る静寧の姿を得たるも、なほ、をりふしは憤怒の激発に迅雷の轟然《ごうぜん》たるを聞く。ここに於てか電火ひらめき、万雷はためき、人類に対する痛罵《つうば》、宛《あたか》も薬綫《やくせん》の爆発する如く、所謂《いはゆる》「不感無覚」の墻壁《しようへき》を破り了《をはん》ぬ。
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自家の理論を詩文に発表して、シォペンハウエルの弁証したる仏法の教
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