びぬ。
身動《みじろぎ》迂《うと》き旅人《たびうど》の雲のはたてに消ゆる時。
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ルコント・ドゥ・リイルの出づるや、哲学に基《もとづ》ける厭世《えんせい》観は仏蘭西《フランス》の詩文に致死の棺衣《たれぎぬ》を投げたり。前人の詩、多くは一時の感慨を洩《もら》し、単純なる悲哀の想を鼓吹するに止《とどま》りしかど、この詩人に至り、始めて、悲哀は一種の系統を樹《た》て、芸術の荘厳を帯ぶ。評家久しく彼を目するに高踏派の盟主を以てす。即《すなは》ち格調定かならぬドゥ・ミュッセエ、ラマルティイヌの後に出《い》で、始て詩神の雲髪を捉《つか》みて、これに峻厳《しゆんげん》なる詩法の金櫛《きんしつ》を加へたるが故也。彼常に「不感無覚」を以て称せらる。世人|輙《やや》もすれば、この語を誤解して曰《いは》く、高踏一派の徒、甘《あまん》じて感情を犠牲とす。これ既に芸術の第一義を没却したるものなり。或は恐る、終《つひ》に述作無きに至らむをと。あらず、あらず、この暫々《しばしば》濫用せらるる「不感無覚」の語義を芸文の上より解する時は、単に近世派の態度を示したるに過ぎざるなり。常に宇宙の深遠な
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