ふん》でゆく。

耳は扇とかざしたり、鼻は象牙《ぞうげ》に介《はさ》みたり、
半眼《はんがん》にして辿《たど》りゆくその胴腹《どうばら》の波だちに、
息のほてりや、汗のほけ、烟《けむり》となつて散乱し、
幾千万の昆虫が、うなりて集《つど》ふ餌食《ゑじき》かな。

饑渇《きかつ》の攻《せめ》や、貪婪《たんらん》の羽虫《はむし》の群《むれ》もなにかあらむ、
黒皺皮《くろじわがは》の満身の膚《はだへ》をこがす炎暑をや。
かの故里《ふるさと》をかしまだち、ひとへに夢む、道遠き
眼路《めぢ》のあなたに生ひ茂げる無花果《いちじゆく》の森、象《きさ》の邦《くに》。

また忍ぶかな、高山《たかやま》の奥より落つる長水《ちようすい》に
巨大の河馬《かば》の嘯《うそぶ》きて、波濤たぎつる河の瀬を、
あるは月夜《げつや》の清光に白《しろ》みしからだ、うちのばし、
水かふ岸の葦蘆《よしあし》を蹈《ふ》み砕きてや、降《お》りたつを。

かゝる勇猛沈勇の心をきめて、さすかたや、
涯《きはみ》も知らぬ遠《をち》のすゑ、黒線《くろすぢ》とほくかすれゆけば、
大沙原《おほすなはら》は今さらに不動のけはひ、神寂《かみさ》
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