星前《ほくとせいぜん》、横《よこた》はる大熊星《だいゆうせい》もなにかあらむ。

唯、ひとすぢに、生肉《せいにく》を噛まむ、砕かむ、割《さ》かばやと、
常の心は、朱《あけ》に染み、血の気に欲を湛《たた》へつゝ、
影暗うして水重き潮の底の荒原を、
曇れる眼《まなこ》、きらめかし、悽惨《せいさん》として遅々たりや。

こゝ虚《うつろ》なる無声境《むせいきよう》、浮べる物や、泳ぐもの、
生きたる物も、死したるも、此|空漠《くうばく》の荒野《あらぬ》には、
音信《おとづれ》も無し、影も無し。たゞ水先《みづさき》の小判鮫《こばんざめ》、
真黒《まくろ》の鰭《ひれ》のひたうへに、沈々として眠るのみ。

行きね妖怪《あやかし》、なれが身も人間道《にんげんどう》に異ならず、
醜悪《しゆうお》、獰猛《どうもう》、暴戻《ぼうれい》のたえて異なるふしも無し。
心安かれ、鱶《ふか》ざめよ、明日《あす》や食らはむ人間を、
又さはいへど、汝《なれ》が身も、明日や食はれむ、人間に。

聖なる飢《うゑ》は正法《しようほう》の永くつゞける殺生業《せつしようごう》、
かげ深海《ふかうみ》も光明の天《あま》つみそらもけぢめ
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