に。
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伴奏 アルベエル・サマン
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白銀《しろがね》の筐柳《はこやなぎ》、菩提樹《ぼだいず》や、榛《はん》の樹《き》や……
水《みづ》の面《おも》に月の落葉《おちば》よ……
夕《ゆふべ》の風に櫛《くし》けづる丈長髪《たけなががみ》の匂ふごと、
夏の夜《よ》の薫《かをり》なつかし、かげ黒き湖《みづうみ》の上、
水|薫《かを》る淡海《あはうみ》ひらけ鏡なす波のかゞやき。
楫《かぢ》の音《と》もうつらうつらに
夢をゆくわが船のあし。
船のあし、空をもゆくか、
かたちなき水にうかびて
ならべたるふたつの櫂《かい》は
「徒然《つれづれ》」の櫂「無言《しじま》」がい。
水の面《おも》の月影なして
波の上《うへ》の楫の音《と》なして
わが胸に吐息《といき》ちらばふ。
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賦《かぞへうた》 ジァン・モレアス
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色に賞《め》でにし紅薔薇《こうそうび》、日にけに花は散りはてゝ、
唐棣花色《はねずいろ》よき若立《わかだち》も、季《とき》ことごとくしめあへず、
そよそよ風の手枕《たまくら》に、はや日数経《ひかずへ》しけふの日や、
つれなき北の木枯に、河氷るべきながめかな。
噫《ああ》、歓楽よ、今さらに、なじかは、せめて争はむ、
知らずや、かゝる雄誥《をたけび》の、世に類《たぐひ》無く烏滸《をこ》なるを、
ゆゑだもなくて、徒《いたづら》に痴《し》れたる思、去りもあへず、
「悲哀」の琴《きん》の糸の緒《を》を、ゆし按《あん》ずるぞ無益《むやく》なる。
*
ゆめ、な語りそ、人の世は悦《よろこび》おほき宴《うたげ》ぞと。
そは愚かしきあだ心、はたや卑しき癡《し》れごこち。
ことに歎くな、現世《うつしよ》を涯《かぎり》も知らぬ苦界《くがい》よと。
益《よう》無き勇《ゆう》の逸気《はやりぎ》は、たゞいち早く悔いぬらむ。
春日《はるひ》霞みて、葦蘆《よしあし》のさゞめくが如《ごと》、笑みわたれ。
磯浜《いそはま》かけて風騒ぎ波おとなふがごと、泣けよ。
一切の快楽《けらく》を尽し、一切の苦患《くげん》に堪へて、
豊《とよ》の世《よ》と称《たた》ふるもよし、夢の世と観《かん》ずるもよし。
*
死者のみ、ひとり吾に聴く、奥津城《おくつき》処《どころ》、わが栖家《すみか》。
世の終《をふ》るまで、吾はしも己が心のあだがたき。
亡恩に栄華は尽きむ、里鴉《さとがらす》畠《はた》をあらさむ、
収穫時《とりいれどき》の頼《たのみ》なきも、吾はいそしみて種を播《ま》かむ。
ゆめ、自《みづか》らは悲まじ。世の木枯もなにかあらむ。
あはれ侮蔑《ぶべつ》や、誹謗《ひぼう》をや、大凶事《おほまがごと》の迫害《せまり》をや。
たゞ、詩の神の箜篌《くご》の上、指をふるれば、わが楽《がく》の
日毎に清く澄みわたり、霊妙音《れいみようおん》の鳴るが楽しさ。
*
長雨空の喪《はて》過ぎて、さすや忽ち薄日影、
冠《かむり》の花葉《はなば》ふりおとす栗の林の枝の上に、
水のおもてに、遅花《おそばな》の花壇の上に、わが眼にも、
照り添ふ匂なつかしき秋の日脚《ひあし》の白みたる。
日よ何の意ぞ、夏花《なつはな》のこぼれて散るも惜からじ、
はた禁《とど》めえじ、落葉《らくよう》の風のまにまに吹き交《か》ふも。
水や曇れ、空も鈍《に》びよ、たゞ悲のわれに在らば、
想《おもひ》はこれに養はれ、心はために勇《ゆう》をえむ。
*
われは夢む、滄海《そうかい》の天《そら》の色、哀《あはれ》深き入日の影を、
わだつみの灘《なだ》は荒れて、風を痛み、甚振《いたぶ》る波を、
また思ふ釣船の海人《あま》の子を、巌穴《いはあな》に隠《かぐ》ろふ蟹《かに》を、
青眼《せいがん》のネアイラを、グラウコス、プロオティウスを。
又思ふ、路の辺《べ》をあさりゆく物乞《ものごひ》の漂浪人《さすらひびと》を、
栖《す》み慣れし軒端がもとに、休《いこ》ひゐる賤《しづ》が翁《おきな》を
斧《おの》の柄《え》を手握《たにぎ》りもちて、肩かゞむ杣《そま》の工《たくみ》を、
げに思ひいづ、鳴神《なるかみ》の都の騒擾《さやぎ》、村肝《むらぎも》の心の痍《きず》を。
*
この一切の無益《むやく》なる世の煩累《わづらひ》を振りすてゝ、
もの恐ろしく汚れたる都の憂あとにして、
終《つひ》に分け入る森蔭の清《すず》しき宿《やどり》求めえなば、
光も澄める湖の静けき岸にわれは悟らむ。
否《あらず》、寧《むしろ》われはおほわだの波うちぎはに夢みむ。
幼年の日を養ひし大揺籃《だいようらん》のわだつみよ、
ほだしも
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