りや、おもかげの
あらはれ浮ぶわが「想《おもひ》」。
命の朝のかしまだち、
世路《せいろ》にほこるいきほひも、
今、たそがれのおとろへを
透《すか》しみすれば、わなゝきて、
顔|背《そむ》くるぞ、あはれなる。
思ひかねつゝ、またみるに、
避けて、よそみて、うなだるゝ、
あら、なつかしのわが「想」。
げにこそ思へ、「時」の山、
山越えいでて、さすかたや、
「命」の里に、もとほりし
なが足音もきのふかな。
さて、いかにせし、盃に
水やみちたる。としごろの
願《がん》の泉はとめたるか。
あな空手《むなで》、唇|乾《かわ》き、
とこしへの渇《かつ》に苦《にが》める
いと冷《ひ》やき笑《ゑみ》を湛《たた》へて、
ゆびさせる其足もとに、
玉《たま》の屑《くづ》、埴土《はに》のかたわれ。
つぎなる汝《なれ》はいかにせし、
こはすさまじき姿かな。
そのかみの臈《ろう》たき風情《ふぜい》、
嫋竹《なよたけ》の、あえかのなれも、
鈍《おぞ》なりや、宴《うたげ》のくづれ、
みだれ髪《がみ》、肉《しし》おきたるみ、
酒の香《か》に、衣《きぬ》もなよびて、
蹈《ふ》む足も酔ひさまだれぬ。
あな忌々《ゆゆ》し、とく去《い》ねよ、
さて、また次のなれが面《おも》、
みれば麗容《れいよう》うつろひて、
悲《かなしみ》、削《そ》ぎしやつれがほ、
指組み絞り胸隠す
双《そう》の手振《てぶり》の怪しきは、
饐《す》ゑたる血にぞ、怨恨《えんこん》の
毒ながすなるくち蝮《ばみ》を
掩《おほ》はむためのすさびかな。
また「驕慢」に音《おと》づれし
なが獲物をと、うらどふに、
えび染《ぞめ》のきぬは、やれさけ、
笏《しやく》の牙《げ》も、ゆがみたわめり。
又、なにものぞ、ほてりたる
もろ手ひろげて「楽欲《ぎようよく》」に
らうがはしくも走りしは。
酔狂の抱擁酷《だきしめむご》く
唇を噛み破られて、
満面に爪《つま》あとたちぬ。
興《きよう》ざめたりな、このくるひ、
われを棄《す》つるか、わが「想」
あはれ、耻《はづ》かし、このみざま、
なれみづからをいかにする。
しかはあれども、そがなかに、
行《おこなひ》清きたゞひとり、
きぬもけがれと、はだか身に、
出でゆきしより、けふまでも、
あだし「想」の姉妹《おとどひ》と
道異《みちこと》なるか、かへり来《こ》ぬ
――あゝ行《ゆ》かばやな――汝《な》がもとに。
法苑林《ほうおんりん》の奥深く
素足の「愛」の玉容《ぎよくよう》に
なれは、ゐよりて、睦《むつ》みつゝ、
霊華《りようげ》の房《ふさ》を摘みあひて、
うけつ、あたへつ、とりかはし
双《そう》の額《ひたひ》をこもごもに、
飾るや、一《いつ》の花の冠《かんむり》。
[#ここで字下げ終わり]
ホセ・マリヤ・デ・エレディヤは金工の如くアンリ・ドゥ・レニエは織人の如し。また、譬喩《ひゆ》を珠玉に求めむか、彼には青玉黄玉の光輝あり、これには乳光柔き蛋白石《たんぱくせき》の影を浮べ、色に曇るを見る可し。[#地から1字上げ]訳者
[#改ページ]
延びあくびせよ フランシス・ヴィエレ・グリフィン
[#ここから1字下げ]
延《の》びあくびせよ、傍《かたはら》に「命」は倦《う》みぬ、
――朝明《あさけ》より夕をかけて熟睡《うまい》する
その臈《ろう》たげさ労《つか》らしさ、
ねむり眼《め》のうまし「命」や。
起きいでよ、呼ばはりて、過ぎ行く夢は
大影《おほかげ》の奥にかくれつ。
今にして躊躇《ためらひ》なさば、
ゆく末に何の導《しるべ》ぞ。
呼ばはりて過ぎ行く夢は
去りぬ神秘《くしび》に。
いでたちの旅路の糧《かて》を手握《たにぎ》りて、
歩《あゆみ》もいとゞ速《はや》まさる
愛の一念ましぐらに、
急げ、とく行け、
呼ばはりて、過ぎ行く夢は、
夢は、また帰り来《こ》なくに、
進めよ、走《は》せよ、物陰に、
畏《おそれ》をなすか、深淵《しんえん》に、
あな、急げ……あゝ遅れたり。
はしけやし「命」は愛に熟睡《うまい》して、
栲綱《たくづぬ》の白腕《しろただむき》になれを巻く。
――噫《ああ》遅れたり、呼ばはりて過ぎ行く夢の
いましめもあだなりけりな。
ゆきずりに、夢は嘲る……
さるからに、
むしろ「命」に口触れて
これに生《う》ませよ、芸術を。
無言《むごん》を祷《いの》るかの夢の
教をきかで、無辺《むへん》なる神に憧《あこが》るゝ事なくば、
たちかへり、色よき「命」かき抱き、
なれが刹那を長久《とは》にせよ。
死の憂愁に歓楽に
霊妙音《れいみようおん》を生ませなば、
なが亡《な》き後《あと》に残りゐて、
はた、さゞめかむ、はた、なかむ、
うれしの森に、春風や
若緑、
去年《こぞ》を繰返《あこぎ》の愛のまねぎに。
さればぞ歌へ微笑《ほほゑみ》の栄《はえ》の光
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