《きこ》しけり。
「愛」は乃《すなは》ち馳《は》せ去《さ》りつ、馳せ走りながら打泣きぬ。
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鷺《さぎ》の歌 エミイル・ヴェルハアレン
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ほのぐらき黄金隠沼《こがねこもりぬ》、
骨蓬《かうほね》の白くさけるに、
静かなる鷺の羽風は
徐《おもむろ》に影を落しぬ。
水の面《おも》に影は漂《ただよ》ひ、
広ごりて、ころもに似たり。
天《あめ》なるや、鳥の通路《かよひぢ》、
羽ばたきの音もたえだえ。
漁子《すなどり》のいと賢《さか》しらに
清らなる網をうてども、
空翔《そらか》ける奇《く》しき翼の
おとなひをゆめだにしらず。
また知らず日に夜《よ》をつぎて
溝《みぞ》のうち泥土《どろつち》の底
鬱憂の網に待つもの
久方《ひさかた》の光に飛ぶを。
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ボドレエルにほのめきヴェルレエヌに現はれたる詩風はここに至りて、終《つひ》に象徴詩の新体を成したり。この「鷺の歌」以下、「嗟嘆《さたん》」に至るまでの詩は多少皆象徴詩の風格を具《そな》ふ。[#地から1字上げ]訳者
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法《のり》の夕《ゆふべ》 エミイル・ヴェルハアレン
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夕日の国は野も山も、その「平安」や「寂寥《せきりよう》」の
黝《ねずみ》の色の毛布《けぬの》もて掩《おほ》へる如く、物|寂《さ》びぬ。
万物|凡《なべ》て整《ととの》ふり、折りめ正しく、ぬめらかに、
物の象《かたち》も筋めよく、ビザンチン絵《ゑ》の式《かた》の如《ごと》。
時雨村雨《しぐれむらさめ》、中空《なかぞら》を雨の矢数《やかず》につんざきぬ。
見よ、一天は紺青《こんじよう》の伽藍《がらん》の廊《ろう》の色にして、
今こそ時は西山《せいざん》に入日傾く夕まぐれ、
日の金色《こんじき》に烏羽玉《うばたま》の夜《よる》の白銀《しろがね》まじるらむ。
めぢの界《さかひ》に物も無し、唯|遠長《とほなが》き並木路、
路に沿ひたる樫《かし》の樹《き》は、巨人の列《つら》の佇立《たたずまひ》、
疎《まば》らに生《お》ふる箒木《ははきぎ》や、新墾小田《にひばりをだ》の末かけて、
鋤《すき》休めたる野《の》らまでも領《りよう》ずる顔の姿かな。
木立《こだち》を見れば沙門等《しやもんら》が野辺《のべ》の送《おくり
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