れ、真白き双翼《そうよく》は、たゞ徒《いたづ》らに広ごりて、
今は身の仇《あだ》、益《よう》も無き二つの櫂《かい》と曳きぬらむ。
天《あま》飛ぶ鳥も、降《くだ》りては、やつれ醜き瘠姿《やせすがた》、
昨日《きのふ》の羽根のたかぶりも、今はた鈍《おぞ》に痛はしく、
煙管《きせる》に嘴《はし》をつゝかれて、心無《こころなし》には嘲けられ、
しどろの足を摸《ま》ねされて、飛行《ひぎよう》の空に憧《あこ》がるゝ。
雲居の君のこのさまよ、世の歌人《うたびと》に似たらずや、
暴風雨《あらし》を笑ひ、風|凌《しの》ぎ猟男《さつを》の弓をあざみしも、
地《つち》の下界《げかい》にやらはれて、勢子《せこ》の叫に煩へば、
太しき双《そう》の羽根さへも起居妨《たちゐさまた》ぐ足まとひ。
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薄暮《くれがた》の曲《きよく》 シャルル・ボドレエル
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時こそ今は水枝《みづえ》さす、こぬれに花の顫《ふる》ふころ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦《う》みたる眩暈《くるめき》よ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
痍《きず》に悩める胸もどき、ヴィオロン楽《がく》の清掻《すががき》や、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈《くるめき》よ、
神輿《みこし》の台をさながらの雲悲みて艶《えん》だちぬ。
痍《きず》に悩める胸もどき、ヴィオロン楽《がく》の清掻《すががき》や、
闇の涅槃《ねはん》に、痛ましく悩まされたる優心《やさごころ》。
神輿《みこし》の台をさながらの雲悲みて艶《えん》だちぬ、
日や落入りて溺《おぼ》るゝは、凝《こご》るゆふべの血潮雲《ちしほぐも》。
闇の涅槃《ねはん》に、痛ましく悩まされたる優心《やさごころ》、
光の過去のあとかたを尋《と》めて集むる憐れさよ。
日や落入りて溺るゝは、凝《こご》るゆふべの血潮雲、
君が名残《なごり》のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒《せいたいごう》。
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破鐘《やれがね》 シャルル・ボドレエル
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悲しくもまたあはれなり、冬の夜の地炉《ゐろり》の下《もと》に、
燃えあがり、燃え尽きにたる柴の火に耳傾けて、
夜
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