神を求めぬ。かの伝奇の老大家は歴史の上に燦爛《さんらん》たる紫雲を曳《ひ》き、この憂愁の達人はその実体を闡明《せんめい》す。
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読者の眼頭に彷彿《ほうふつ》として展開するものは、豪壮悲惨なる北欧思想、明暢《めいちよう》清朗なる希臘《ギリシヤ》田野の夢、または銀光の朧々《ろうろう》たること、その聖十字架を思はしむる基督《キリスト》教法の冥想、特に印度《インド》大幻夢|涅槃《ねはん》の妙説なりけり。
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黒檀《こくたん》の森茂げきこの世の涯《はて》の老国より来て、彼は長久の座を吾等の傍《かたはら》に占めつ、教へて曰く『寂滅為楽』。
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幾度と無く繰返したる大智識の教話によりて、悲哀は分類結晶して、頗《すこぶ》る静寧の姿を得たるも、なほ、をりふしは憤怒の激発に迅雷の轟然《ごうぜん》たるを聞く。ここに於てか電火ひらめき、万雷はためき、人類に対する痛罵《つうば》、宛《あたか》も薬綫《やくせん》の爆発する如く、所謂《いはゆる》「不感無覚」の墻壁《しようへき》を破り了《をはん》ぬ。
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自家の理論を詩文に発表して、シォペンハウエルの弁証したる仏法の教理を開陳したるは、この詩人の特色ならむ。儕輩《さいはい》の詩人皆多少憂愁の思想を具《そな》へたれど、厭世観の理義彼に於ける如く整然たるは罕《まれ》なり。衆人|徒《いたづ》らに虚無を讃す。彼は明かにその事実なるを示せり。その詩は智の詩なり。然も詩趣|饒《ゆた》かにして、坐《そぞ》ろにペラスゴイ、キュクロプスの城址《じようし》を忍ばしむる堅牢《けんろう》の石壁は、かの繊弱の律に歌はれ、往々俗謡に傾ける当代伝奇の宮殿を摧《くだ》かむとすなり。
[#地から1字上げ]エミイル・ヴェルハアレン
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珊瑚礁《さんごしよう》 ホセ・マリヤ・デ・エレディヤ
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波の底にも照る日影、神寂《かみさ》びにたる曙《あけぼの》の
照しの光、亜比西尼亜《アビシニア》、珊瑚の森にほの紅く、
ぬれにぞぬれし深海《ふかうみ》の谷隈《たにくま》の奥に透入《すきい》れば、
輝きにほふ虫のから、命にみつる珠《たま》の華。
沃度《ヨウド》に、塩にさ丹《に》づらふ海の宝のもろもろは
濡髪《ぬれがみ》長き海藻《かいそう》や、珊瑚、海胆《うに》、苔《こけ》までも、
臙脂《えんじ》紫《む
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