の光まばゆきを。

一天霽《いつてんは》れて、そが下に、かゝる炎の野はあれど、
物鬱《ものうつ》として、寂寥《せきりよう》のきはみを尽すをりしもあれ、
皺《しわ》だむ象の一群よ、太しき脚の練歩《ねりあし》に、
うまれの里の野を捨てゝ、大沙原《おほすなばら》を横に行く。

地平のあたり、一団の褐色《くりいろ》なして、列《つら》なめて、
みれば砂塵を蹴立てつゝ、路無き原を直道《ひたみち》に、
ゆくてのさきの障碍《さまたげ》を、もどかしとてや、力足《ちからあし》、
蹈鞴《たたら》しこふむ勢《いきほひ》に、遠《をち》の砂山崩れたり。

導《しるべ》にたてる年嵩《としかさ》のてだれの象の全身は
「時」が噛みてし、刻みてし老樹の幹のごと、ひわれ
巨巌の如き大頭《おほがしら》、脊骨《せぼね》の弓の太しきも、
何の苦も無く自《おの》づから、滑《なめ》らかにこそ動くなれ。

歩遅《あゆみおそ》むることもなく、急ぎもせずに、悠然と、
塵にまみれし群象をめあての国に導けば、
沙《すな》の畦《あぜ》くろ、穴に穿《うが》ち、続いて歩むともがらは、
雲突く修験山伏《すげんやまぶし》か、先達《せんだつ》の蹤蹈《あとふん》でゆく。

耳は扇とかざしたり、鼻は象牙《ぞうげ》に介《はさ》みたり、
半眼《はんがん》にして辿《たど》りゆくその胴腹《どうばら》の波だちに、
息のほてりや、汗のほけ、烟《けむり》となつて散乱し、
幾千万の昆虫が、うなりて集《つど》ふ餌食《ゑじき》かな。

饑渇《きかつ》の攻《せめ》や、貪婪《たんらん》の羽虫《はむし》の群《むれ》もなにかあらむ、
黒皺皮《くろじわがは》の満身の膚《はだへ》をこがす炎暑をや。
かの故里《ふるさと》をかしまだち、ひとへに夢む、道遠き
眼路《めぢ》のあなたに生ひ茂げる無花果《いちじゆく》の森、象《きさ》の邦《くに》。

また忍ぶかな、高山《たかやま》の奥より落つる長水《ちようすい》に
巨大の河馬《かば》の嘯《うそぶ》きて、波濤たぎつる河の瀬を、
あるは月夜《げつや》の清光に白《しろ》みしからだ、うちのばし、
水かふ岸の葦蘆《よしあし》を蹈《ふ》み砕きてや、降《お》りたつを。

かゝる勇猛沈勇の心をきめて、さすかたや、
涯《きはみ》も知らぬ遠《をち》のすゑ、黒線《くろすぢ》とほくかすれゆけば、
大沙原《おほすなはら》は今さらに不動のけはひ、神寂《かみさ》
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