ように掠めて行く。つまりこういう作中の名句には、王朝の世の節奏《リトム》がおのずから現われていて、殊に作者の心から発しる一種の靭《しな》やかな身振《ジェスト》が、読者の胸を撫《な》でさするために、名状すべからざる快感が生じるのである。
源氏物語の文章は、当時の宮廷語、殊に貴婦人語にすこぶる近いものだろう。故事《こじ》出典その他修辞上の装飾には随分、仏書漢籍の影響も見えるが、文脈に至っては、純然たる日本の女言葉である。たとえば冒頭の「いづれの御時《おほんとき》にか、女御《にようご》更衣《かうい》あまたさぶらひ給ひけるなかに」云々の語法は、今もなお上品な物言《ものいい》の婦人に用いられている。雨夜《あまよ》の品定《しなさだめ》に現われた女らしい論理が、いかにもそれに相応した言葉で、畦織《うねおり》のように示された所を見れば、これは殆ど言文一致の文章かと察しられる。源氏物語の文体は決して浮華虚飾のものでない。軽率に一見すると、修飾の多過ぎる文章かと誤解するが、それは当時の制度習慣、また宮廷生活の要求する言葉|遣《づかい》のあることを斟酌《しんしゃく》しないからである。官位に付随する尊敬、煩
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