くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤《しづ》の男《を》の声々めざましく、あはれ、いと寒しや、ことしこそ、なりはひに頼む所少く、田舎のかよひも思ひがけねば、いと心|細《ぼそ》けれ、北殿《きたどの》こそ聞き給へや」とあるには、半蔀几帳《はじとみきちょう》の屋内より出でて、忽ち築地《ついじ》、透垣《すいがい》の外を瞥見《べっけん》する心地する。華かな王朝という織物の裏が、ちらりと見えて面白い。また「鳥の声などは聞えで、御嶽精進《みたけさうじ》にやあらん、ただ翁びたる声にて、額《ぬか》づくぞ聞ゆる」は更に深く民衆の精神を窺《うかが》わしめる。「南無《なも》、当来の導師」と祈るを耳にして、「かれ聞き給へ、此世とのみは思はざりけり」と語る恋と法《ほう》との界目《さかいめ》は、実に主人公の風流に一段の沈痛なる趣を加え、「夕暮の静かなる空のけしき、いとあはれ」な薄明《うすあかり》の光線に包まれながら、「竹の中に家鳩といふ鳥の、ふつかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に、此鳥《このとり》の鳴きしを」思うその心、今の詩人の好んで歌う「やるせなさ」が、銀の器《うつわ》に吹きかける吐息の、曇ってかつ消える
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