へながら、まだ時代の若いのと社會の若い娘等に課する自然の束縛を脱し得ないで苦しみ羽ばたきする、其時代の娘たちのあがき[#「あがき」に傍点]を浮薄な氣持を少しも加へないでガツチリと書き現はされたよい作だと思ふ。田山花袋氏は水野仙子集に序して「お貞さんのおとつさんは、面白い人で、田舍人らしい、また、田舍の商人らしい氣分と性質とを持つてゐた人らしかつた。」
 一體お貞さんの生れた須賀川といふところは、昔からあたりにきこえた商人町で、郡山や、白河や、二本松に比べて、何方かと言へば、士魂商才の其商才に屬する氣分の漲つた町であつた。從つて、「お貞さんには、士族の娘といふところはなかつた。何うしても堅い田舍の商家の娘であつた。それにどこをさがしても浮華なところ、輕薄なところがなかつた。全身すべて是れ誠といふやうな人であつた」と書いてあるが、實によく其弟子を語つてゐると思ふ。さうした須賀川町の堅氣な商人の年頃の娘たちが小學校を卒業すると、學校といふのでなく、無理に頼んで入れてもらつたといふやうな、堅實な裁縫所に集つてくる、娘たちはふろしき包のなかに時々三越タイムスなどをしのばせて、矢張り娘らしいあくがれを持つて遠い東都の文化に思ひを寄せつつおけいこ通ひをしてゐる。さういふ女塾に時折は息子の嫁をさがしに商家の母親など出入する事があつた。郡山町の白石初子といふ人は後にお貞さんが出京して專心文學の修業にかかつた時の後援者の一人であつたが、そして私も面識があるが、此お初ちやんがさうした女塾へ新弟子として入つてくる所から此小説ははじまつてゐる。お初ちやんはやはり少女界から女子文壇に移つて行つた投書家仲間の一人であつたが、美しい娘でさきに一寸書いたやうに、
「二つとや……二つ二葉屋のお粂さん……お粂さん、赤い襷[#「襷」は底本では「襖」]で砂糖かけ……砂糖かけ」
といふ町の唄にもうたはれた程であつた。此お粂の結婚をきつかけに其當時一緒に裁縫通ひをしてゐた友達の誰れ彼が結婚に向つて進まねばならぬやうになつてくる。作者の彌生は田舍娘として商家に嫁入つてしまふのに滿足出來ないで苦しんだ。
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傘をつぼめて雪あがりの空を眺めると、眩しいやうな冬の光に瞼を射られて、思はずも目を落す足許に、足袋のよごれの目にたつのも物悲しく、シヨールに腮を埋めてとぼとぼと燈の入つた街をかへる。其道順の
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