もちろん平時的な変革ではない。たしかにナチス革命であるが大した破壊、犠牲無くして大きな変革が行なわれた。大観すればナチス革命はソ連革命に比し遥かに能率的であったと言える。この点は日本国民は見究めねばならない。
第二次欧州大戦特に仏国の屈伏後はやや空気が変ったが、国民が第一線決戦主義に対する憧憬余りに強くソ連の革命的方式を正しいものと信じ、多くの革新論者はナチス革命は反動と称していたではないか。この気持が今日も依然清算し切れず新体制運動を動《やや》もすれば観念的論議に停頓せしめる原因となっている。日米関係の切迫がなくば新体制の進展は困難かも知れない。
蓋《けだ》し困難が国民を統一する最良の方法である。今日ルーズベルトが全体主義国の西大陸攻撃(とんでもない事だが)を餌として国民を動員せんとしつつあるもその一例。リンドバーグ大佐がドイツより本土攻撃せられる恐れなしと証言せるは余りに当然の事、これが特に重視せらるるは滑稽である。
第二節 指揮単位
「世界最終戦論」には方陣の指揮単位は大隊、横隊は中隊、散兵は小隊、戦闘群は分隊と記してある。理屈はこの通りであり大勢はその線に沿って
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