から言いませんでしたがね。」お銀は笹村に言い告げた。
「その時も、あの連中につれられて行ったようですよ。あの中には、髭《ひげ》の生えた人なんかいるんですもの。それに新ちゃんは乱暴も乱暴なんです。喧嘩《けんか》ッぱやいと来たら大変なもんですよ。国で、気に喰わない先生を取って投げたなんて言ってますよ。」
 お銀は甥が、この近所で近ごろ評判になっていることを詳しく話した。
「だけど、なにしろ友達が悪いんですからね。あなたもあまり厳《きび》しく言うのはお休《よ》しなさいよ。おっかないから。」
 笹村の小さい心臓は、この異腹《はらちがい》の姉の愛児のことについても、少からず悩まされた。
「僕もあまりよいことはして見せていないからね。」笹村は苦笑した。
「だって、十六やそこいらで、色気のある気遣いはないんですからね。」
 笹村はしばらく打ち絶えていた俳友の一人から、ある夕方ふと手紙を受け取った。少しお話したいこともあるから、手隙《てすき》のおり来てくれないかという親展書であった。
 お銀は、体の工合が一層悪くなっていた。目が始終|曇《うる》んで、手足も気懈《けだる》そうであった。その晩も、近所の婦
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