人科の医者へ行って診てもらうはずであったが、それすら億劫《おっくう》がって出遅れをしていた。
「私のこと……。」
お銀は手紙を読んでいる笹村の顔色で、すぐにそれと察した。
「きっとそうでしょう。」
十六
笹村は、寒い雨のぼそぼそ降る中を、腕車《くるま》で谷中へ出かけて行った。この日ごろ、交友をおのずから避けるようにして来た笹村は、あの窪《くぼ》っためにある暗い穴のような家を、めったに出ることがなかった。これまで人の前でうつむいて物を言わなければならぬようなことのなかった笹村は、八方から遠寄せに押し寄せているような圧迫の決潰口《けっかいぐち》とも見られる友人が、どんな風にこのことを切り出すか、それが不安でならなかった。深山と気脈の通じているらしく思えるこの俳友B―に対する軽い反抗心も、腕車《くるま》に揺られる息苦しいような胸にかすかに波うっていた。
ひっそりした二階の一室に通ると、B―は口元をにこにこしながら、じきに深山とのことを言い出した。しばらくB―は笹村の話に耳傾けていた。
二人の間には、チリの鍋などが火鉢にかけられて、B―は時々笹村に酌をしながら喙《くち》を
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