んですね。」お銀は笹村の指先を揉《も》みながら、呟いた。
十五
朝寒《あさざむ》のころに、K―がよく糸織りの褞袍《どてら》などを着込んで、火鉢の傍へ来て飯を食っていると、お銀が台所の方で甲斐甲斐《かいがい》しく弁当を詰めている、それが、どうかして朝起きをすることのある笹村の目にも触れた。お銀の話に、商業学校へ通っていた磯谷に弁当を持って行ってやったり、雨が降ると傘を持って行って、よく学校の傍で出て来るのを待っていたという、その時の女の心持が二人の様子にも思い合わされた。笹村と通りへ買物などに出かけると、お銀は翌朝の弁当の菜を、通りがかりの煮物屋などで見繕《みつくろ》っていた。そのK―も貸家の差配を例の若い後家さんに託して、自分は谷中《やなか》のもといた下宿へ引き移って行ってからは、貸家にもいろいろの人が出入りしたが、明いている時の方が多かった。
甥は、その空家の一軒へ入り込んで寝起きをしていた。時には友達を大勢引っ張り込んで、叔父の方からいろいろの物を持ち運んで、飲食いをしていた。笹村が渡す月謝や本の代が、そのころ甥の捲《ま》き込まれていた不良少年の仲間の飲食いのため
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