子供を、それぞれ医師に仕揚げたその老人の噂《うわさ》をしはじめた。
 こんな話が、二人顔を突き合わすと、火鉢の側で繰り返された。火鉢には新しい藁灰《わらばい》などが入れられて、机の端には猪口《ちょく》や蓋物《ふたもの》がおかれてあった。笹村は夜が更けると、ほんの三、四杯だけれど、時々酒を飲みたくなるのが癖であった。
「そんなに気にしなくとも、いよいよ妊娠となれば、私がうまくそッと産んじまいますよ。知った人もありますから、そこの二階でもかりて……。」お銀は言い出した。
「叔父さんが世話をした人ですから、事情《わけ》を言って話せば、引き受けてくれないことはないと思います。あなたからお鳥目《あし》さえ少し頂ければね。」
「そんなところがあるなら、今のうちそこへ行っているんだね。」
 お銀は京橋にいるその人のことを、いろいろ話して聞かした。叔父が盛んに切って廻していたころのことが、それに連れてまた言い出された。
「その時分、あなたはどこに何をしていたでしょう。」
 お銀は自分の十六、七のころを追憶《おもいだ》しながら、水々した目でランプを瞶《みつ》めていた。
「真実《ほんと》に不思議なようなも
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