85、191−下−11]《みは》って二人の顔を見比べた。
おどおどしたような目を伏せて、うつむいて黙っていたお銀は、銚子が一本あくと、すぐに起って茶の室《ま》の方へ出て行った。そしていくら呼んでもそれきり顔を見せなかった。
何も彼も忘れるくらいに酔って、笹村は寝床の上にぐッたり横たわっていた。目を開いてみると、傍へ来て坐っている女の青白い顔が、薄暗いランプの灯影に寂しく見えた。
「……ほんとに済みませんでした。これから気をつけますから、どうか堪忍して下さい。」お銀の呟《つぶや》く声が、時々耳元に聞えた。
笹村は冷たい濡れ手拭でどきどきする心臓を冷やしていた。
十四
四ツ谷の親類に預けてあった蒲団や鏡台のようなものを、お銀が腕車《くるま》に積んで持ち込んで来たのは、もう袷《あわせ》に羽織を着るころであった。町にはそっちこっちに、安普請の貸家が立ち並んで、俄仕立《にわかじた》ての蕎麦屋《そばや》や天麩羅屋《てんぷらや》なども出来ていた。
お銀は萌黄《もえぎ》の大きな風呂敷包みを夜六畳の方へ持ち込むと、四ツ谷で聞いて来たといって、先に縁づいていた家の、その後の紛擾《ご
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