た。笹村の胸にも、それが感ぜられた。
 笹村は深山から聞いていた、お銀の以前のことなどを言い出した。
「それはあの方が、よく私たちのことを知らないからですわ。」お銀は口惜《くや》しそうに言った。
「今こそこうしてまごついちゃおりますけれど、田舎じゃ押しも押されもしねえ、これでも家柄はそんなに悪いもんでござんしねえに。」母親も傍へ来て弁解した。
「家柄が何だ。そんなことを今言ってるんじゃないんだ。」笹村は憎々しいような言い方をした。
「あなたから見れば、それはそうでもござんしょうが、田舎には親類もござんすで、娘がまたこんなことでまごつくようなことじゃ、私がまことに辛うござんすで……。」
 暴《あ》れたような不愉快な気分が、明朝《あくるあさ》も一日続いた。
 晩方K―が、ぶらりと入って来たころには、甥と一緒に、外を彷徨《ぶらつ》いて帰って来た笹村が、薄暗い部屋の壁に倚《よ》りかかって、ぼんやりしていた。茶の室《ま》では母親とお銀とが、声を潜《ひそ》めて時々何やらぼそぼそと話していた。
「おいおい、酒を持って来んか。」
 笹村はK―と話しているうちに、ふと奥の方へ声かけた。
「昨夜《ゆうべ》
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