へ酒を買いに行くらしかった。
「おい、少し静かにしないか。」
大分たってから、たまりかねたように、笹村が奥へ大声で叫んだ。
茶の室《ま》はひっそりしてしまった。
十三
「そんなにお耳に障《さわ》ったんですか。だってK―さんがせっかくお酒を召し食《あが》っていらっしゃるのに、厭な顔も出来ないもんですから。」
心持のゆったりしたようなK―が、間もなく黙って帰って行ってから、お銀は何気なげに遠くの方で言った。後で気のついたことだが、ちびりちびり酒を飲みながら、自惚《のろけ》まじりのK―の話のうちには、女を友達から引き離そうとするような意味も含まれてあった。それが今の場合K―自身として、笹村を救う道だと考えていたらしかった。以前下宿をしていた家の軍人の未亡人だという女主《おんなあるじ》と出来合っていたK―は、ほかにも干繋《かんけい》の女が一人二人あった。その晩もK―は、子まで出来た間《なか》を別れてしまった女のことを虚実取り混ぜて話していた。同じような心の痛みのまだどこかに残っている女は、しみじみした淡い妬《ねた》みの絡《まつ》わりついたような心持でそれに聴き惚《ほ》れてい
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