ていたK―が、国から少し纏《まと》まった金を取り寄せて、東京で永遠の計を立てるつもりで建てた貸家の一つであった。切り拓《ひら》いた地面に二|棟《むね》四軒の小体《こてい》な家が、ようやく壁が乾きかかったばかりで、裏には鉋屑《かんなくず》などが、雨に濡《ぬ》れて石炭殻を敷いた湿々《じめじめ》する地面に粘《へば》り着いていた。
笹村は旅から帰ったばかりで、家を持つについて何の用意も出来なかった。笹村は出京当時世話になったことのある年上の友達が、高等文官試験を受けるとき、その試験料を拵《こしら》えてやった代りに、遠国へ赴任すると言って置いて行った少しばかりのガラクタが、その男の親類の家に預けてあったことを想い出して、それを一時|凌《しの》ぎに使うことにした。開ける時キイキイ厭《いや》な音のする安箪笥《やすだんす》、そんなものは、うんと溜《たま》っていた古足袋《ふるたび》や、垢《あか》のついた着物を捻《ね》じ込んで、まだ土の匂いのする六畳の押入れへ、上と下と別々にして押し込んだ。摺《す》り減った当り棒、縁のささくれ立った目笊《めざる》、絵具の赤々した丼《どんぶり》などもあった。
長い間胃弱
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