―は、立ったまま首を傾《かし》げて二人の顔を見比べていた。

     十二

 K―は、郷里では名門の子息《むすこ》で、稚《おさな》い時分、笹村も学校帰りに、その広い邸へ遊びに行ったことなどが、朧《おぼろ》げに記憶に残っていた。その後久しくかけ離れていたが、ある夏熊本の高等中学から、郷里の高等中学へ戻って来たK―のでくでくした、貴公子風の姿を、学校の廊下に認めてから間もなく、笹村は学校を罷《や》めてしまった。偶然にここで一つ鍋《なべ》の飯を食うことになっても、双方話が合うというほどではなかった。
 笹村は友人思いの京都のT―から、自分ら二人のその後の動静を探るようにK―へ言ってよこしたので、それでK―が貸家監理かたがたここへ来ることになった……とそうも考えたが、K―自身は、そのことについて一言も言い出さなかった。
「どうだい、男の機嫌をとるのはなかなか骨が折れるだろう。」K―は、二人の中へ割り込むように火鉢の傍へ来て坐り込んだ。
 それでその話は腰を折られて、笹村も笑って、奥へ引っ込んで行った。
 夜笹村は、かんかんしたランプに向って、そのころ書き始めていた作物の一つに頭を集中しよう
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