た台所の棚《たな》のなかなぞを雑巾《ぞうきん》がけしていた。
「洗濯ぐらいしてやったらどうだ。」仕事に疲れたような笹村は、裏へ出て見るとお銀を詰問するように言った。
「え、だからしてあげますからって、そう言ったんですけれど。」お銀はそんなことぐらいというような顔をして笹村を見あげた。
 食べ物などのことで、女のすることに表裏がありはしないかと、始終そんなことを気にしていた笹村は、その時もそれとなく厭味を言った。
「そうですかね。私そんなことはちッとも気がつきませんでした。」女は意外のように、そこへべッたり坐って額に手を当てて考え込んだ。
「そんなことをして、私何の得があるか考えてみて下さい。」お銀は息をはずませながら争った。母親もほどきものをしていた手を休めて、喙《くち》を容《い》れた。
 そこへ甥と前後して、出京していた家主のK―が裏から入って来た。K―は、ほかの三軒が容易に塞《ふさ》がらないので、帰省して出て来ると、自分で尽頭《はずれ》の一軒を占めることにした。その日もお銀に冬物を行李から出させて、日に干させなどしていた。そして母親が、その世話をすることになっていた。
 片耳遠いK
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