こんな物を持っているんです。」お銀は珠をひねくりながら、不思議そうに笑い出した。
「ただ安いから買っておかないかと、叔母さんから勧められたから……。」
「でも誰か、的《あて》がなくちゃ……おかしいわ。いくらに買ったのこれを……私|簪屋《かんざしや》で踏まして見るわ。」
結婚するとなると、笹村はまたさまざまのことが考え出された。
「僕に世話すると言っていた人は一体どうなったんだ。」笹村は笑いながら言った。
「いい女ですがね。」お銀は窓の外を瞶《みつ》めながら薄笑いをしていた。
暗くなると、二人は別々に家を出て行った。そして明るい店屋のある通りを避けて、裏を行き行きした。暗い雲の垂《た》れ下った雨催《あまもよ》いの宵《よい》であった。片側町の寂しい広場を歩いていると、歩行《あるき》べたのお銀は、蹌《よろ》けそうになっては、わざとらしい声を立てて笹村の手に掴《つか》まった。笹村の小さい冷たい手には、大きい女の手が生温かかった。
寄席《よせ》の二階で、電気に照されている女の顔には、けばけばしいほど白粉《おしろい》が塗られてあった。唇《くちびる》には青く紅も光っていた。笹村の目には暗い影が
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