閃《ひらめ》いた。
「そんな……。」女はうつむいて顔を赧《あか》くした。
お銀の話でここへ磯谷とよく一緒に来たということが、笹村の目にも甘い追憶のように浮んだ。
「ちょッとああいったようなね、頚《くび》つきでしたの。」女は下の人込みの中から、形《なり》のいい五分刈り頭を見つけ出して、目をしおしおさせた。笹村もこそばゆいような体を前へ乗り出して見下した。
十
母親が果物の罐詰などを持って、田舎から帰って来てからも、お銀は始終笹村の部屋へばかり入り込んでいた。笹村は女が自分を愛しているとも思わなかったし、自分も女に愛情があるとも思い得なかったが、身の周《まわ》りの用事で女のしてくれることは、痒《かゆ》いところへ手の届くようであった。男の時々の心持は鋭敏に嗅《か》ぎつけることも出来た。気象もきびきびした方で、不断調子のよい時は、よく駄洒落《だじゃれ》などを言って人を笑わせた。緊《しま》りのない肉づきのいい体、輪廓《りんかく》の素直さと品位とを闕《か》いている、どこか崩れたような顔にも、心を惹《ひ》きつけられるようなところがあった。笹村の頭には、結婚するつもりで近ごろ先方の写
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