かと言い出した。笹村もノートに一々書きつけて、費用などの計算までして見た。
「叔父さんが丈夫で東京にいるとよかったんですがね。小説なんか好きでよく読んでましたがね。……遊んでいる時分は、随分乱暴でしたけれど、病気になってからは、気が弱くなって、好きな小清《こせい》の御殿なぞ聞いて、ほろりとしていましたっけ。」
「東京で多少成功すると、誰でもきっと踏み込む径路さ。」
「それでも、自分はまだ盛り返すつもりでいますよ。今ごろは死んだかも知れませんわ。途中で宿屋へ担《かつ》ぎ込まれたくらいですもの。」お銀は叔父の死よりも、亡《な》くした自分の着物が惜しまれた。
「私横浜の叔母のところへ行けば、少しは相談に乗ってくれますよ。」お銀は燥《はしゃ》いだような調子で、披露《ひろう》のことなどをいろいろに考えていた。
 笹村は、旅行中羽織など新調して、湯治場へ貽《おく》ってくれた大阪の嫂に土産《みやげ》にするつもりで、九州にいるその嫂の叔母から譲り受けて来て、そのまま鞄《かばん》の底に潜《ひそ》めて来た珊瑚珠《さんごじゅ》の入ったサックを、机の抽斗《ひきだし》から出してお銀にやった。
「どうしてあなたが
前へ 次へ
全248ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング