聴いているんでしょう。私|莫迦《ばか》だったんですね。自分から騒いで、かえっていけなくしたようなもんですの。」
お銀はそれから、親類の若い男と一緒にそこへ捻《ね》じ込んで行ったことなどを話した。
「男も莫迦なんですよ。それから私の片づいている先へ、ちょいちょい手紙をよこしたり、訪《たず》ねて来たりするんです。そこはちょっとした料理屋だったもんですから、お客のような風をして上って来るんでしょう。洋服なんぞ着込んで、伯父さんの金鎖など垂《ぶら》さげて……私帳場にいて、ふっとその顔を見ると、もう胸が一杯になって……。」お銀は目のあたりを紅《あか》くしながら笑い出した。
「それで大変悪いことをした。お蔭で今度は学校の試験を失敗《しくじ》ったなんて……それもいいんですけれど、どうでしょう飲食いした勘定が足りないんでしょう。磯谷はそれア変な男なんです。まるで芝居のようなんです。」
お銀は黒い壁にくっついている蚊を、ぴたぴた叩《たた》きはじめた。
「よくあなたは、こんな蚊が気にならないんですね。」
「僕は蚊帳なしに、夏を送ったことがあるからね。」笹村は頭の萎《な》えたような時に呑む鉄剤をやった後
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