新聞紙などが散らかっていた。そして蟻《あり》が気味わるくそこらまで這《は》い上っていた。
「あの女が島田などに結うのは目障《めざわ》りだね。」笹村はこれまでよく深山に女の苦情を言った。夜家を明けて、女が朝|夙《はや》く木戸をこじ明けて入って来ることも、笹村の気にくわなかった。お銀は時々湯島の親類の家で、つい花を引きながら夜更《よふか》しをすることがあった。
「近所へ体裁が悪いから、朝木戸をこじあけて入って来るなどはいけないよ。」
笹村は一度女にもじかに言い聞かしたが、負けず嫌いのお銀はあまりいい返辞をしなかった。
「肴屋などは、あれを細君が来たのだと思っていやがる。女がそんな態度をするだろうか。」
「やはり若い女なぞはいけないんだ。」深山は女のことについて、あまり口を利かなかった。
T―は傍で、くすりくすり笑っていた。
笹村が裏から帰って来ると、お銀は二畳の茶の間で、不乱次《ふしだら》な姿で、べッたり畳に粘り着いて眠っていた。障子には三時ごろの明るい日が差して、お銀の顔は上気しているように見えた。と、跫音《あしおと》に目がさめて、にっこりともしないで、起きあがって足を崩したまま坐
前へ
次へ
全248ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング