を撒《ま》く時分に、二人は挨拶《あいさつ》をして帰って行った。
「ちょッといい女じゃないか。」
笹村が四畳半の方で、その時まだ一緒にいた深山に話しかけると、深山は、「むむ。」と口のうちで言った。
「あの男は。」
「あれは情夫《いろ》さ。」深山はとぼけてそう言った。
「そうかね。」
飯のとき笹村は笑いながら婆さんに、「お婆さん、いい子供がありますね。」と言うと、婆さんは、「ええ。」と言って嬉《うれ》しそうににっこりした。
それから娘だけ二、三度も来た。
「あれも縁づいておりましたったけれど、ちっと都合があってそこを逃げて来とりますもんで、閑《ひま》だから、つい……。」
婆さんは娘が帰って行くと、そう言っていた。
娘は時々バケツを提げて、母親に水など汲《く》んで来てやった。台所をきちんと片づけて行くこともあった。娘が拵えてくれた小鯵《こあじ》の煮びたしは誰の口にもうまかった。
「これアうまい。お婆さんよりよほど手際がいい。」笹村は台所の方へ言いかけた。
「これは焼いて煮たんだね。」
「私は何だか一向不調法ですが……娘の方はいくらか優《まし》でござんす。」
母親はそこへ来て愛想笑
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