いをしたが娘はあまり顔出しをしなかった。
 使いあるきの出来ない母親の代りに、安くて新しい野菜物を、通りからうんと買い込んで来た娘が、傘《かさ》をさして木戸口から入る姿が、四畳半に坐っている笹村の目にも入った。
 見なれると、この女の窄《つぼ》まった額の出ていることなどが目についた。
 この女が、深山の若い叔父《おじ》の細君と友達であったことがじきに解って来た。この女が一緒になるはずであった田舎のある肥料問屋の子息《むすこ》であった書生を、その叔父の妻君であった年増《としま》の女が、横間《よこあい》から褫《うば》って行ったのだというようなことも、解って来た。
「あの女のことなら、僕も聞いて知っている。」と、深山はこの女のことをあまりよくも言わなかった。
「深山さんのことなら、私もお鈴さんから聞いて知ってますよ。」女も笹村からその話の出たとき、思い当ったように言い出した。
「へえ、深山さんというのは、あの方ですか。あの方の家輪《うちわ》のことならお鈴さんから、もうたびたび聞かされましたよ。」
 母親も閾際《しきいぎわ》のところに坐って、そのころのことを少しずつ話しはじめた。
「それでお鈴
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